Back No. に戻る
 
扉ページへ 次のページ
 


 ―源氏物語起筆の地・滋賀県大津市[大本山石山寺]―


石山寺の源氏苑にある紫式部の銅像。
紫式部はこの寺で源氏物語を構想し、その一節の筆を取ったと伝えられている。
撮影協力:石山寺
 
 奈良時代からの歴史と格式をもつ古刹。紫式部が七日間籠った寺である。

広く美しい琵琶湖の水が流れる瀬田川。その西岸から望む伽藍山の麓に石山寺はある。創建は東大寺大仏造立のため黄金の不足を愁えた聖武天皇が、ここに伽藍を建て如意輪法を修すように、との夢告を受け、良弁(ろうべん)僧正を開基として開かれた寺院である。平安時代には朝廷や摂関貴族と結びついて高い地位を占め、現在、西国三十三所観音霊場として参拝者が絶えない。
紫式部はここに七日間参籠し観月の時、思いついた物語が源氏物語とされ源氏物語起筆の寺として親しまれている。また、桜、紅葉をはじめ四季折々の花が咲く花の寺としても有名である。

     
東大門(重要文化財)
撮影協力:石山寺
 

   

     
多宝塔(国宝)
源頼朝が寄進したと伝えられている。
撮影協力:石山寺
  本堂(国宝)
撮影協力:石山寺

   


 源氏物語の起筆は「石山寺縁起絵巻」に書かれている。

  源氏物語は、村上天皇皇女選子内親王がまだ読んだことがない物語を一条院の后上東門院に頼んだが手許になく女房(職場に個室を持って仕える女性)の紫式部に新しい物語を書くよう頼んだのがその始まりとされる。

そして「寛弘元年(1004)紫式部は新しい物語の祈念のために石山寺に七日間参籠した。折しも八月十五夜の月が湖面に映えそれを眺めていた時ひとつの物語が浮かび、手近にあった大般若経の料紙に『今宵は十五夜なりけりと思し出でて、殿上の御遊恋ひしく・・・』と書き続けた。その部分は光源氏が須磨に流され、十五夜の月の都を回想する場面として源氏物語の須磨巻に生かされることになる。」こうした源氏物語起筆の物語は石山寺が所蔵している石山寺縁起絵巻や源氏物語の古注釈書(河海抄)にも記されている。
←紫式部石山寺観月図 一幅 (土佐光起 筆 江戸時代)
写真:石山寺の特別許可を得て「紫式部と石山寺(発行・石山寺)」より使用


  大本山石山寺第五十二世座主/鷲尾 遍隆師に話を伺った。「石山寺縁起絵巻は鎌倉時代から作られたもので全七巻、三十三の話からなっています。その中で室町時代に作られた四巻に紫式部のことが出ています。『寛弘元年八月十五夜の月を見て・・・』その時の様子が書かれています。この事は源氏物語の古注釈書の河海抄にも書かれています。」石山寺縁起絵巻は石山寺での出来事を記録した言わば長きに渡る歴史書である。石山寺にはいにしえの高名な絵師や文人たちによる紫式部と源氏物語の絵画や和歌などが歴史資料として多く伝えられている。
鷲尾師は「紫式部は大般若経六巻分を写経しこちらに納めていますが、それは大般若経の紙を使ってしまったことへのお礼だったのでしょう(物語を思いついた時手近にあった大般若経の紙に書き続けた)。紫式部が使った硯もあります。二つの丸いミゾそれぞれに鯉と牛の彫刻があり、濃い墨と薄い墨を使い分けていたと言われています。」

紫式部が七日間参籠したと伝えられる部屋は、本堂内の東側に位置し「源氏の間」として見ることが出来る。
←紫式部図 一幅 (土佐光起 筆 江戸時代)
写真:石山寺の特別許可を得て「紫式部と石山寺(発行・石山寺)」より使用


大本山石山寺第五十二世座主/鷲尾 遍隆師

   
古硯 一面(伝紫式部 料 平安時代)
紫式部が使用したとされる硯。
写真:石山寺の特別許可を得て「紫式部と石山寺(発行・石山寺)」 より使用
  「源氏の間」紫式部はここから月を眺めていた時、思いついた物語が「源氏物語」と伝えられている。
撮影協力:石山寺

  才女と言われた表情がうかがえる紫式部の銅像、源氏苑にある。
撮影協力:石山寺


 江戸時代、源氏物語を甦らせた浮世絵。

  石山寺には源氏物語の浮世絵も保存されている。
「54帖(源氏物語―54巻)が描かれた浮世絵がありますが、見立紫式部図という浮世絵もあります(江戸時代の女人を紫式部に見立て描いたもの)。江戸時代に源氏物語が甦ってきたのは、こうした浮世絵の影響があったと思います。」と鷲尾師。
←見立紫式部図 一幅(勝川春章 筆 江戸時代)
写真:石山寺の特別許可を得て「紫式部と石山寺(発行・石山寺)」より使用


 いにしえの文人、芸術家が石山寺を訪れるわけ。

石山寺には紫式部をはじめ清少納言や和泉式部などが石山寺を訪れている。
この事について鷲尾師は「石山寺には4644帖の膨大な一切経(仏教聖典の総称)の経群があります。こうしたことから(膨大な数のお経によって僧侶たちは多くの研鑽を積むことが出来る)石山寺は、僧侶の学問の寺として格と信頼が生まれ、ここにくれば何かが授かる、と言う意識が流れていたと思います。」
いにしえの文人、芸術家の石山詣は、学問の寺を、よすがとしたのであろう。一切経は重要文化財である。

石山寺を訪れた一人に松尾芭蕉もいた。鷲尾師は「芭蕉は約半年ほどここにいました。瀬田川の近くに幻住庵(長期滞在した場所)があり、境内の月見亭の隣に芭蕉庵(仮住まいをした場所)もあります。ここで多くの句や日記を残しています。」




鷲尾師は「大津市には36件の国宝がありますが、その内の12件(多宝塔・本堂の2件、古文書・典籍10件)が石山寺にあります。重要文化財は37件になります(2008年11月現在)。こうしたことから石山寺は近江の正倉院とも呼ばれていました。」
紫式部の源氏物語起筆の地とされる石山寺。奈良時代からの長い歴史の中に込められた学問の寺から紫式部もまた、何かを授かろうとし訪れたのであろう。

 
「月見亭」後白河天皇などの玉座であった。近江八景「石山の秋月」のシンボルである。
写真提供:石山寺(石山寺パンフレットより)


 「源氏物語千年紀 in 湖都大津」で賑わいを見せていた石山寺。

「源氏物語千年紀in湖都大津」の記念行事として、石山寺では源氏物語起筆の寺にふさわしい各種特別展やイベントが開催された。長き歴史に包まれた全山が見事な紅葉に染まる中(2008年11月20日取材)、多くの人が紫式部に思いをはせ平安王朝の雅な世界に浸っていた。

     
美しい紅葉の中、源氏物語千年紀を記念し「夢回廊(終了)」等、各種特別展やイベントが開催された。
撮影協力:石山寺

   

石山寺「本尊如意輪観世音菩薩」の御開扉。

西国巡礼中興の祖、花山法皇一千年御遠忌を記念し、西国三十三所結縁総開帳が平成20年9月から3年間に渡り開催される。
第十三番札所の 石山寺では平成21年3月より「本尊如意輪観世音菩薩」の御開扉が行なわれる。



取材協力:滋賀県大津市 大本山石山寺

http://www.ishiyamadera.or.jp/

 
 
扉ページへ 次のページ
 
copyright (C) kobelco all rights reserved.