特集

情報誌で振り返るアルミ・銅の歴史 ①(1963~1974)

軽伸ニュース100号に向けて

新春座談会 生活革命に活躍するアルミと伸銅品(1969年1月 40号)


新春座談会風景
  1969年の新春号では、当時テレビやラジオで活躍していた女優中村メイ子氏、東京工大教授の高橋恒夫氏、神戸製鋼取締役板坂光氏という出席者による座談会が企画された。テーマは「生活革命に活躍するアルミと伸銅品」である。中村氏は主婦の立場からアルミニウムの可能性について盛んに質問されていた。当時はアルミサッシが出始めたころで、「私、主婦の立場からいったら、このごろお家の雨戸がアルミサッシで軽くなったので助かっています」と喜んでいた。ほかにもアクセサリーや傘の柄、スキー板にもアルミニウムが使われるようになったという話や、セントラル・ヒーティングで銅管が大活躍している話がでると、「アルミや銅も実生活に関連する色々な面に伸びてきているということですね」と納得していた。

座談会 マスコミから見た神戸製鋼(1972年3.4月 76号)


専門紙各社を集めての座談会
  神戸製鋼が業界内でどのように見られているか意見を聞いてみようと、日刊工業新聞、日本工業新聞などの専門紙を発行する4社から5人の方を集めて座談会を聞いた。神戸製鋼の社風について聞くと、「鉄屋さん気質というものがあり、他社に比べて非常に積極的でバイタリティーにあふれています。野武士的ですね」、「強力なバックというものがないから、そんな意味からファイトマンが多いですね」、「若い人なんか型破りが多く規格品は少ないですね。いろいろな会社に行くことがありますが、社内のどこへ行っても同じ答えが帰ってくるという会社ではありませんね。それがいいか悪いか別にしてバラバラですね」という意見が出た。これらを受けて、当時の企画管理部次長鈴木治雄氏は「強力なバックがないという点では、ときどき『神戸製鋼なんていうけれど昔の鉄工所がちょっと大きくなっただけじゃないか』という感じがすることはありますね」と語っている。

座談会 軽伸ニュース100号の歩み(1974年6月 100号)




  1963年の創刊以来発行してきた「軽伸ニュース」はこの回で100号を迎えた。特集記事では、これまで「軽伸ニュース」に登場していただいた流通機構の方々と、歴代の編集者が一堂に会して100号までの歩みを振り返った。創刊された当時はPRということ自体に対する理解が、発行する側にも読者の側にも低く手探りの状態だったが、「今はテレビなんかの影響でPRというものが非常に身近になってきており、そういう面ではわれわれの仕事も進めやすくなっています。その反面、ご覧になっている皆さんPR感覚も非常にハイレベルになっていますので、その批判に耐えるものをつくるのはむずかしくなっています」と語っている。そのころの「軽伸ニュース」の記事はほとんどがアルミ関連だったが、それに対しては「売上の約半分が伸銅品であり、もっと多く記事にしたいのですが、銅は細かなものとか隠れたところに使われている場合が多く、写真にも話題にもなりにくいのが現状です」と語っていた。
「軽伸ニュース」発刊以降の商品動向として、軽圧品が過去10年間で7~8倍の需要増加を示し鉄に次ぐ第2位の金属になったこと、伸銅品ではコンデンサーチューブのシェアが50%を超え、銅管のシェアが35%とトップの座を占めていると報告している。
以下、次号に続く。
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