特集

情報誌で振り返るアルミ・銅の歴史 ②(1975~1991)

アルミの新分野開拓

愛車の安全性と乗り心地を大幅にアップ・アルミホイール (1976年2・3月 118号)


スカイライン2000GTとアルミホール
  記事では、「乗用車が単に実用的な面から普及していた時代に比べ、高い普及率に達した現在では、性能とデザインの両面で格段の進歩を遂げている」として、自動車メーカーがデザイン開発に力を入れるようになってきたと述べている。その中でもアルミホイールは、デザイン開発の重要なピースになってきているという。神戸製鋼がアルミホイールの生産を開始したのは1965(昭和40)年である。最初は輸出用だったが、1971(昭和46)年には国内販売を開始している。記事では、神戸製鋼と日産自動車が製造技術を結集して製造したアルミホイールが、「フェアレディZ」、「スカイライン2000GT」、「ローレル」の純正品として相次いで採用されたことを紹介している。日産自動車設計部の方からのコメントも掲載されており、「鋳物は外から見ただけではわからない内部の金属組織が問題だが、神戸製鋼は航空機用鋳造品生産で蓄積された高度な技術をホイールに応用しているので安心して発注することができる」と語っている。この記事の翌年、1976年には、神戸製鋼名古屋工場で乗用車用アルミホイールの生産が100万本を突破した。

自動車の軽量化技術を支えるアルミ合金(1985年12月 179号)


「ニューRX-7」のボディパネルに採用
  このころはアルミホイール以外にも、アルミ合金は自動車に多く使われ始めていた。2度にわたるオイルショックを経て、各自動車メーカーは低燃費の実現という課題に迫られ、軽量化の追求を余儀なくされていた。神戸製鋼はこうした軽量化ニーズに長年にわたり取り組んできたが、そんな中で開発したのが、冷延鋼板に近い高成形性と強度を兼ね備えた「G4B」という合金である。記事によると、すでに「ニューRX-7」のボディパネルをはじめ、電子機器のカバー、駆動部品、シャシーなどに採用され、自動車の軽量化に貢献しているという。

時代のニーズに即応したアルミ建材を供給(1975年12月 116号)


  この記事では、神戸製鋼と米国企業「ノースロップ・アーキテクチュラル・システムズ社」との合弁会社「神鋼ノースロップ株式会社」(現「神鋼ノース株式会社」)が、航空機騒音に対する民間住宅用高性能防音アルミサッシを開発したことを紹介している。この開発は、大阪国際空港周辺整備計画に基づき、航空騒音障害の度合いによって建物の全部または一部を防音構造にする助成事業としてすすめられており、「神鋼建材工業株式会社」の協力によって完成した。特許出願中の新しい機密構造による高性能完全引違いエアータイトサッシで、既存の住宅の木製窓枠に簡単に取り付けられるという特徴があった。

価値ある現代の容器「オールアルミ缶」(1976年7月 121号)


オールアルミ缶の一例
(350mlビール缶と250ml炭酸飲料缶)
キャンペーンを告知するポスターを4000枚作成し全国に配布した
  1975(昭和50)年に日本国内で生産された缶容器の数量は、ビールが6億7,500万缶、炭酸飲料が28億缶、果実飲料が11億缶、このうちビール缶ではオールアルミ缶が全体の75%を占めていた。炭酸飲料缶は10%とまだ低いのだが、それでも「飲料容器として缶が定着し、それが急速にアルミ缶に代わってきている」と紹介している。さらに記事では、飲料缶の材料がアルミに代わってきた要因として2つの技術革新を紹介している。その1つが1963(昭和38)年にアメリカで開発された、缶の蓋のタブを引っ張るだけで口が開くイージーオープン方式である。これにより飲料缶のほとんどの蓋にアルミが使われるようになったという。さらに翌1964年に、1枚のアルミ円板で缶の底部と胴部を一体成型するD-I(ドロー・アイアン)という製缶法完成し、これがイージーオープン蓋と合体しアルミ缶の需要を伸ばしたのだと伝えている。現在もアルミ缶の生産量は伸びており、2016年に出荷された飲料用アルミ缶の出荷数量は225億缶と過去最高となった。ちなみに前年のデータではあるが、2015年の飲料用スチール缶の消費数量は71億缶だった。近年アルミ缶はスチール缶より多く消費されるようになっており、その差は広がる一方だという。 1983(昭和58)年、神戸製鋼は神戸製鋼社員とその家族、関連会社員を対象とした「アルミ缶ビール愛飲キャンペーン」という消費推進キャンペーンを行った。対象となった人数は約47000人にのぼる。1人が1日に1本のアルミ缶ビールを飲むと、年間約400トン、約3億円の売上げ増になると試算している。「ビールの缶化率の進む中で、ビールはアルミ缶という意識を足元から固め、今後の営業展開に大いに役立てよう」というのが狙いだった。

 

アルミの加工性を象徴するインパクト成形(1975年5月 110号)


各種アルミスラグ(上)とインパクト成形による製品
  アルミが私たちの暮らしや産業の幅広い分野で使われるようになった理由の一つに、抜群の加工性をあげることができる。板、管、棒、線はもとより、0.15㎜以下の薄い箔や複雑な形状の形材など、多種多様な素材を作ることができる。この記事では、そんなアルミの特質を生かした「インパクト成形」について取り上げている。「インパクト成形」とは、厚いコインのようなスラグを一瞬で歯磨きのチューブやライター用ガスの小型ボンベなどに成型する技術である。記事ではアルミスラグを製造する「大同軽金属工業株式会社」(現「神鋼アルミ線材株式会社」)を訪問して、「インパクト成形」の方法について紹介している。スラグは長府工場で生産した地板を材料として、圧延・切断・打抜き・焼鈍といった工程で製造されている。このスラグをダイの穴に入れ、パンチで急激に押すことで、チューブの形に成形されるのである。

生産能力を大幅に増強するサン・アルミニウム工業(1977年9・10月 133号)


「サンホイル」ほかアルミ箔用途の一例
  工業用から家庭用まで、幅広くアルミ箔とその加工品を供給している「サン・アルミニウム工業株式会社」が、圧延速度1500m/mm、コイル単重8トンという世界でも有数の性能を持つアルミ箔圧延設備を完成させたという記事である。箔圧は最小0.006mmまでの圧延が可能になった。これによって薄もの箔の生産能力が増大し、能力的に先行していた厚もの箔圧延設備とのバランスがとれ、生産能力は健全なかたちで増強されることになったと報告している。

建築工事とアルミ(1980年3月 147号)


建設現場で使われている「アルセーフ®
  この時代、アルミサッシ、カラーアルミ製ドア、カーテンウォールなど建築材料にアルミが使われることが多くなってきたが、この記事では縁の下の力持ち的な存在のアルミ製品にスポットを当てて紹介している。その一つが、前々年の1月に販売を開始したアルミ合金製足場板「アルセーフ®」である。従来の合板製足場板にくらべ、重量、安全性、強度、耐久性がすぐれているほか、木材価格の高騰によってアルミとの製品価格差が縮まったことにより、発売開始以来半年ごとに倍々ゲームで増大しているという。

アルミ製新幹線車両が行く(1980年10月 151号)


東北、上越新幹線と従来の車両との違い
  東北、上越両新幹線が開通したのは1982(昭和57)年であるが、この記事では神戸製鋼の新幹線車両製作への取り組みについて紹介している。当時製作していた東北、上越両新幹線の車両は、従来の東海道・山陽両新幹線車両とは大きな違いがあった。それが「ボディマウント方式」といわれるものである。これは簡単にいうと車両の外側を金属板ですっぽり包み込み外気を遮断するという構造のことで、雪の多い寒冷地を通過するために考えられた方式である(図参照)。しかしこの構造には一つ解決しなければならない課題があった。それは床下まで包み込むことによる鋼材の重量増加の問題である。そこで考えられたのがアルミ材料への転換であった。東海道・山陽新幹線では車両1両当たり2.5tしかアルミは使用されていなかったが、東北・上越両新幹線車両では一挙に13t近く使用されることになったのである。

高精度情報社会を担うアルミ磁気ディスク(1984年5月 170号)

アルミ磁気ディスクを紹介した号の表紙   世界的にアルミ合金製磁気ディスクが普及し始めたのは1965年ころからだと言われている。当時の主力は海外製であったが、神戸製鋼は1974(昭和49)年、日本で初めて14インチブランク材の対米輸出を開始した。それ以降、輸出向け高密度ディスク用ブランク材の開発・生産に取組み、この記事が掲載された1984(昭和59)年には、磁気ディスク用素材市場で世界の60%以上のシェアを占めるまでになっていた。国内においては、ディスク基盤、とくにサブストレート(鏡面仕上品)での供給要望が高まり、これに対応して製造体制を整備することで、14インチから3インチまでのすべてのサイズについて、ブランクとサブストレートの製造が可能になった。当時はフロッピーディスクが主流であったが、高密度・高容量化を向上させる合金などの開発により、アルミディスクが使用されるようになるだろうと記している。
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