ジパング

怪談

怪談と夏

怪談といえば日本の夏の風物詩ということになっている。なぜ夏なのだろうか。霊界から亡くなった人たちが帰ってくる「お盆」があるからだという人もいるが、江戸時代の芝居小屋でおこなわれていた「夏狂言」の伝統が引き継がれたからだという説もある。江戸の暑さを避けるために、芝居小屋の看板役者たちは夏休みを取ったり巡業に出てしまった。その間のつなぎとして、残された若手役者や脇役達が低料金で芝居を見せることになったが、そんな時に幽霊が出てケレン味たっぷりに観客を驚かせる怪談物はぴったりだった。四世鶴屋南北の手による「東海道四谷怪談」などはその代表作である。以来、夏狂言といえば怪談となり、それが今に引き継がれているのだという。

怪談という日本文化

怪談は、芝居(歌舞伎)や落語、講談、浪曲として、ひとつのジャンルを構成し、日本の大衆文化の中に根付いてきた。西洋で怪談といえばホラーということになるのだろうが、怪談とホラーでは恐怖の質が違うような気がする。日本の怪談は、草木も眠る丑三つ時に、障子にうっすらと映った影や、生あたたかい風といった気配から恐怖が醸し出されてくるが、ホラーの場合はたいていが突然襲ってくる恐怖、パニックを引き起こす恐怖である。それに日本の幽霊は、「うらめしや」という決まり文句からもわかるように怖くない。怖いのだけれど根底には儚さ、優しさのようなものがある。円山応挙が描くところの幽霊画には足がないが、これもある種の儚さを表現している。

お化け屋敷

海外との比較で言えばお化け屋敷の例も面白い。日本のお化け屋敷は屋敷とは言いながら中は常に屋外である。お化け屋敷の中にお墓があったり池があったり刑場があったりする。しかし西洋のお化け屋敷の場合は、屋敷そのものが恐怖の対象になっている。屋敷の中に化物が棲みついているのだ。ホーンテッドマンションなどはその例である。怪談は日本人の土着的な宗教観や風俗、風土と切り離すことができない文化であり、日本らしさを映す鏡でもあるのだ。
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